時たま、旅人

自称世界遺産ハンターが行く!旅好き会社員の備忘録

ムデハル様式の最高傑作アルカサル

スペイン王室の宮殿として現在も使用されているアルカサルの歴史は、西ゴート王国時代の教会跡地に総督府を築いた10世紀の後ウマイヤ朝時代にさかのぼります。カスティーリャ王国によって征服された13世紀以降も歴代の国王によって増改築が繰り返されてきました。特にイスラム文化に傾倒していたペドロ1世の治世に行われた増改築では、ムデハル様式の最高傑作と言われるまでの立派な宮殿に仕上がっています。15、16世紀に当代の国王によって増築されたゴシックやルネサンス様式の混在する宮殿や庭園等、アルカサルには見どころがたくさんあります。

 

毎日のように大行列ができると聞いていたので、朝一で向かいました。城壁はずっと前から見えているのに、なかなか門にたどり着きません。壁の向こうにあるはずなのに・・・。よじ登りたい衝動を抑えながら唯一の入場口ライオン門に急ぎました。f:id:greenbirdchuro:20190811191117j:plain

 

開場1時間前だというのにライオン門の前はすでに大行列です。不覚にも予約していなかったので当日購入組の長い列に並ぶことになりました。寒さを我慢できずに諦めて列を離れていく人々を見送りながら待つこと1時間半。やっと入場できた時には、カチカチと歯が音を立てるくらいに震え上がっていました。
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赤く塗られたライオン門の上部には、王冠を被ったライオンのタイル画が描かれています。イスラム教では偶像崇拝になりかねない動物も王冠もNGのはずですが、あくまでもイスラム風なのでそこはご愛嬌。ヨーロッパによくあるお城とは一線を画すエキゾチックな佇まいに期待が高まります。f:id:greenbirdchuro:20190814151333j:plain

 

ライオン門の先のよく手入れされたライオンの中庭からさらにイスラム時代の城壁をくぐると、そこには碁盤の目のような格子模様が描かれた狩猟の中庭が広がっていました。正面に建つペドロ1世宮殿は、残留イスラム教徒の建築様式とキリスト教建築様式が融合したスペインの特徴的な建築様式であるムデハル様式の立派な建物です。f:id:greenbirdchuro:20190811191207j:plain

 

宮殿の壁にはアラベスク模様の漆喰彫刻が何層にも施されています。これだけイスラム風だと、2階の青い模様がコーランの一節を書いたアラビア文字のようにも見えますが、そこは何故だかゴシック文字。「最高位、最高貴、最強なる征服者カスティーリアの王ドン・ペドロがこれら宮殿の建設を命じた」と書かれていました。自画自賛?f:id:greenbirdchuro:20190814151450j:plain

 

14世紀半ばにこの宮殿を建てたペドロ1世は、イスラムの衣装をまとい、宮中でのアラビア語の使用を義務づけるなど、イスラム文化にどっぷりと心酔していました。アルハンブラ宮殿のようなイスラム芸術に彩られた宮殿を造るために、スペイン各地からイスラム建築・装飾の職人を呼び寄せたほどの入れ込みようだったそうです。f:id:greenbirdchuro:20190811191321j:plainf:id:greenbirdchuro:20190811191312j:plain

 

ペドロ1世宮殿に向かって右側にある建物には大理石の柱の上にアーチの載った回廊が廻らされています。回廊から建物内に入ると歴代王たちの肖像画などが飾られた細長い提督の間がありました。f:id:greenbirdchuro:20190814154126j:plain
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壁が赤とピンクのストライプに彩られた謁見の間に壁には、アレホ・フェルナンデスによる1530年頃の祭壇画が掲げられていました。「航海士の聖母」と題された祭壇画に描かれていたのは、アメリカ大陸への航海を見守る聖母マリアと聖人たちです。それにしても、天井が眩しすぎます。f:id:greenbirdchuro:20190814154215j:plain


2階にあるアスレホ(タイル)の展示室に続く階段の装飾が美しすぎて、全然先に進めません。f:id:greenbirdchuro:20190811191815j:plain

こんなところ、カスティーリャ王国の紋章(城とライオン)見つけ!f:id:greenbirdchuro:20190814155227j:plain

 

2階には宮殿で使用されているオリジナルのアスレホがたくさん展示されていました。古いタイルを保護するためか全体的に薄暗く調光されています。国際問題になるだろうけど、許されるなら1枚だけ剥がして持って帰って鍋敷きにしたい・・・。f:id:greenbirdchuro:20190811191942j:plainf:id:greenbirdchuro:20190814155643j:plainf:id:greenbirdchuro:20190814155830j:plain

どう見てもアートです。アスレホ(タイル)なんて呼んだら申し訳ない気がします。f:id:greenbirdchuro:20190811191946j:plain

 

アスレホにどっぷり浸かった後は、良く手入れされた王子の庭で一息。ちなみに、王子とは夭逝してしまったカトリック両王の唯一の息子であるファン王子のことです。
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王子の庭の横から、いよいよペドロ1世宮殿に足を踏み入れます。ペドロ1世宮殿では乙女の中庭を取り囲むように執務室やプライベートの居室といった特徴的な部屋がいくつも配置されています。

 

2階建ての回廊に囲まれ、中央の細長い池の周りに植栽がされた乙女の中庭は、アルハンブラ宮殿にある中庭を組み合わせたような景観をしています。全体はそれなりにまとまって見えますが、1階はアーチの上部に漆喰装飾が施された14世紀のムデハル様式、16世紀に増築された2階はイオニア式の大理石柱が並ぶルネサンス様式なので、ちぐはぐな感じは否めません。1階の漆喰装飾が素晴らしいだけに、手すりをつけた2階の安っぽさは残念な気がします。f:id:greenbirdchuro:20190811192600j:plain

 

宮殿の中で最も豪華な空間が大使の間です。床から天井まで隙間なく漆喰細工と彩色タイルによるモザイク装飾が施されています。こんな細かい仕事をするのは日本人だけじゃないんですね。f:id:greenbirdchuro:20190811192303j:plain

 

隣の部屋から見た馬蹄形3連アーチにはの上方にはちゃっかりカスティーリャ王国の紋章である城とライオンが刻まれています。f:id:greenbirdchuro:20190811192350j:plain

 

大使の間の眩いばかりの円形天井を見ると今まで見たものが一気に霞んでしまい、簡単には目が離せません。息をのむ美しさとはこういうことを言うんだと思います。この煌びやかで緻密な細工のドーム型の天井がヒマラヤ杉の木組みでできているというから驚きです。パソコンも3Dプリンターもない時代にどうやって?しかも良く見ると、木組みの真ん中あたりに紋章が描かれているという細かすぎる仕事ぶり!王に謁見するためにここで待たされた大使たちがその豪華さにビビらないわけがありません。f:id:greenbirdchuro:20190811192129j:plain

 

次は、王族のプライベートな空間だった人形の中庭へやってきました。中庭といってもガラス張りの吹き抜け天井になった小さな空間で、イスラム庭園に欠かせないはずの噴水も見当たりません。アーチ部分に施された透かし彫りの漆喰細工がとても繊細です。増築された上階部分には新しさがあるものの様式の変更がないのでそれほど違和感を感じません。ウォーリーを探せの比じゃないくらい難易度が高いですが、アーチの柱に彫られた人形の顔を見つけた人は幸せになれるとか、なれないとかf:id:greenbirdchuro:20190811192404j:plain

 

人形の中庭と同じく王のプライベート空間だった王子の間。ピンクと白の花びら模様の天井がかわいらしいですね。f:id:greenbirdchuro:20190811192552j:plain

 

フェリペ2世の天井の間。天井が見どころの部屋が多くて首が痛いです。f:id:greenbirdchuro:20190811192117j:plainf:id:greenbirdchuro:20190814162211j:plain

 

次に、アルフォンソ10世の宮殿(ゴシック宮殿)にやってきました。ペドロ1世の宮殿と対照的にこちらはごくごくシンプルなキリスト教式の宮殿です。ゴシック宮殿だけど、内装はバロック様式ですね。

 

宴会の間の壁には色鮮やかなアスレホ装飾が施され、上部にはタペストリーが展示されていました。白壁の天井に黄色いリブ・ヴォールトが映えています。ムデハル様式の宮殿を見た後には何を見てもシンプルに見えるというか、もっとできるはず!なんて思ってしまいます。f:id:greenbirdchuro:20190811192621j:plain

 

ペドロ1世宮殿には、イスラムでは御法度とされている動物や人物などのシンボリックなものがあくまでもさりげなく描かれていましたが、当然ながらこちらは堂々としたものです。黄色のリブ・ヴォールトとコーディネイトしたかのような明るい色彩で細密に描かれたアスレホにはまた違った魅力があります。f:id:greenbirdchuro:20190811192606j:plain

 

ゴシック宮殿の礼拝堂には、聖母マリアの祭壇画が掲げられています。f:id:greenbirdchuro:20190811192612j:plain

 

ゴシック宮殿内のタペストリーの間には、16世紀から18世紀にフランドル地方で作られた巨大なタペストリーが壁一面を覆い尽くすように展示されています。当時、現在のベルギー北部にあたるフランドル地方はスペイン王国の植民地でした。「カルロス5世のアフリカ遠征」の様子が描かれたものや大航海時代を物語るタペストリーの数々は見ごたえがありました。f:id:greenbirdchuro:20190811192901j:plainf:id:greenbirdchuro:20190811192907j:plain

 

アルカサルの庭園の1画には、マリア・デ・パディージャの浴場があります。アーチ状の薄暗い通路の先にはヒンヤリした空気のなんとも幻想的な空間が広がっていました。マリアはペドロ1世の愛妾の名前です。愛する女性の名前をつけるなんてロマンチック!なんて騙されそうになりますが、愛人のためにフランスから迎えた正妃を幽閉したことや正妃亡き後にヌケヌケとその愛妾を王妃にしたことを知るとその鬼畜ぶりを苦々しく思います。世が世なら文春や新潮にたれ込まれワイドショーの餌食になること間違いなし!政略結婚だったとしても幽閉するなんて酷すぎますよね。f:id:greenbirdchuro:20190811192952j:plain

 

広大な庭園も見どころ満載ですが、7ヘクタールもあるので覚悟して時間をかけるか、見るところを絞るか割り切った方がよさそうです。宮殿から遠ざかる毎に時代が新しくなるらしいので、どうせなら歴史ある(近い)ところを中心に・・・と言い訳をしながら庭園を散策しました。庭園の様式もイスラム、ルネサンス、バロックと様々です。

 

マーキュリーの像が中央に置かれたマーキュリーの池は、回廊になったイスラム時代の城壁に囲まれています。建物から池の中に向かって水が滝のように勢いよく流れ落ちる様子は躍動感があります。ベルモンド・デ・レスタがデザインしたグロテスクのギャラリーは、古い城壁をフレスコ画で装飾したものです。f:id:greenbirdchuro:20190811192913j:plain

 

マーキュリーの池の奥には、17世紀に造られたダムセルの庭が広がっています。きっちりと剪定された幾何学模様の生垣とたくさんの椰子の木が特徴的です。f:id:greenbirdchuro:20190811192919j:plain

 

美しい宮殿と水をたたえた池、建物から滝のように流れ落ちる水、林立する椰子の木・・・細い回廊からの庭園の眺めは実に絵になります。f:id:greenbirdchuro:20190811192927j:plainf:id:greenbirdchuro:20190811192935j:plain

内外にアスレホ装飾が施された白いパビリオンの奥にライオンのパビリオンとプールが見えています。f:id:greenbirdchuro:20190811192941j:plainf:id:greenbirdchuro:20190811192947j:plain

庭園だけでも1日はかかりそうですが、このくらいで。

ペドロ1世の人となりについては思うところもありますが、ムデハル様式の素晴らしい宮殿を後世に残してくれたことには感謝しています。ペドロ1世を描いた漫画があるようなので、いつか読んでみようと思っています。↓↓

 

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