時たま、旅人

自称世界遺産ハンターが行く!旅好き会社員の備忘録

ナスカの地上絵

クスコ到着から数日が経過し、標高3000~4000mの高地にもすっかり順応できていましたが、プーノを最後にアンデス山脈とはお別れです。プーノ近郊の街フリアカの空港から国内線でリマに移動することにしました。久々に味わう平地の空気は濃く感じます。f:id:greenbirdchuro:20190827004227j:plain

 

ペルーに到着してから、リマには数時間しか滞在していませんが、今回も市内観光はせずに次の目的地に向かいます。
f:id:greenbirdchuro:20190827001906j:plain

 

バスで目指すのは、ペールの南海岸地区にある人口3万人の街ナスカです。言うまでもありませんが、その目的は1994年に世界遺産に登録された「ナスカとフマナ平原の地上絵」を見るため(2016年に「ナスカとパルパの地上絵」に名称変更されています)。f:id:greenbirdchuro:20190828150653j:plain


人口3万人ほどの小さな町ナスカにやってくる観光客はもれなく地上絵を見に来ているといっても過言ではありません。バスから降りると、遊覧飛行やツアーの勧誘の客引きが一斉に声を掛けてきます。すでに予約を済ませていたわたしは、華麗にスルーしてホテルに向かいました。チェックインもそこそこに荷物を預かって貰って観光開始です。f:id:greenbirdchuro:20190827004054j:plainf:id:greenbirdchuro:20190827004058j:plain

 

地上絵が描かれている広大な大平原(パンパ・インヘニオ)は、南北をナスカ川とインヘニオ川に囲まれたアンデス山脈の麓に位置しています。パンパの中央に建つミラドール(展望台)まではパンアメリカン・ハイウェイを北に向かって一直線。車窓から見える風景が、これまで周遊してきた雨季のペルーとは全く違っています。どこまでも乾いた大地が広がっていました。f:id:greenbirdchuro:20190827003809j:plain

 

遠くの方で、乾いた砂を巻き上げながら立ち昇る竜巻が見えていました。f:id:greenbirdchuro:20190827002020j:plain

 

30分ほどでハイウェイ沿いにあるミラドールに到着しました。てっきり近くに駐車場でもあるのかと思っていたら、車が停車したのはハイウェイの路肩です。この看板がなければ砂と石ころしか見当たらない平原のどこに地上絵があるのかは全く見当がつきません。f:id:greenbirdchuro:20190827002029j:plain

 

南北アメリカを貫くパンアメリカン・ハイウェイの最北端はアラスカのフェアバンクス、最南端はアルゼンチンのウシュアイアにあるティエラ・デル・フエゴ国立公園内にある未舗装道路です。地平線まで続くハイウェイの大陸らしい景色と、路肩に車を止めて、ハイウェイのど真ん中に立つという日本ではありえない状況に興奮してしまいましたが、この数年後にハイウェイの両端を訪れることになるとは想像だにしていませんでした。f:id:greenbirdchuro:20190827232023j:plain

 

 

パン・アメリカ沿いに立つこのレトロな雰囲気のミラドールは、ドイツ出身のマリア・ライヒェという女性が実際に地上絵の観察に使用していたものです。1939年にナスカの地上絵を発見したのはアメリカの考古学者ポール・コソックでしたが、その後の研究の中心は彼の助手マリアでした。ナチスの台頭するドイツに嫌気がさした数学者のマリアが、ドイツ領事の子供達の家庭教師としてペルーに渡ったのは29歳の時でした。家庭教師やリマでの教員生活を経たマリアがポールの助手となってから、この世紀の謎解きと運命の恋に落ちるのにそれほどの時間はかかりませんでした。セスナやヘリが手配できる時代ではありませんでしたから、この高さ20mの鉄骨製の無骨なミラドールが地上絵を傷つけずに観察する最善の方法だったのでしょう。マリアは、その研究と保全活動に生涯を捧げ、文字通り1998年に亡くなるまで地上絵と添い遂げたんだそうです。地上絵はマリアの人生そのものだったんですね。なんだか羨ましい気がします。f:id:greenbirdchuro:20190826235707j:image

 

ミラドールの上から見ることのできる地上絵は「木」「手」です。あまりに巨大なので上まで登っても全体を見渡すことができません。木と言われれば木のような気もしますが、やっぱり空からでないと全体像を把握するのは難しいようです。
f:id:greenbirdchuro:20190826235654j:image

  

ナスカ砂の王国地上絵の謎を追ったマリア・ライヘの生涯 (文春文庫)

ナスカ砂の王国地上絵の謎を追ったマリア・ライヘの生涯 (文春文庫)

 

 

というわけで、翌朝早くにナスカの南側にあるナスカ空港にやって来ました。ナスカ空港は地上絵を遊覧するためのセスナ専用の小さな空港です。カウンターでまず最初に行われるのは体重測定です。体重の偏りでセスナがバランスを崩さないように座席を割り振る必要があるからです。日本人は小柄なので問題になることが少ないとのことでしたが、心の準備なしでの体重測定には逃げ出したくなります。心の準備をしたところで体重が増減するわけでもないのに。幸いなことに体重はスタッフの人にしか見えませんので、乗り込んだセスナの座席の配置を見て、自分の体重がスタッフにどう評価されたかを察するしかありません。f:id:greenbirdchuro:20190827003800j:plain

 

案内されたのは、10人ほどが乗れる小型〜中型のセスナでした。セスナと聞くと、子供の時に聴いていたプリプリの「世界で一番熱い夏」を思い出します。キンプリではなくプリプリという辺りで年齢がバレてしまいそうですが。手放しでセスナに興奮していた若い頃と違って、オンボロだったら怖いなぁと心配するところも大人になった証拠でしょうか。幸いにもキレイな機体で一安心です。
f:id:greenbirdchuro:20190826235657j:image

 

セスナの中は広いとは言えませんが、全員が窓側の席という嬉しい構造になっていました。自分が通路側で見知らぬ人が窓側だと気を遣いますもんね。f:id:greenbirdchuro:20190827003147j:plain

 

小型機ならではの騒音を響かせながらセスナはナスカの上空へと舞い上がりました。f:id:greenbirdchuro:20190827003804j:plainf:id:greenbirdchuro:20190826235721j:image

 

一番最初に見えてきたのはクジラです。90度に折れ曲がった太い直線がクジラと重なるようにひかれています。地上から見るとそれほど大きくは見えませんが、クジラの長さが63mあるので、直線自体の太さや長さも相当なものだとわかります。f:id:greenbirdchuro:20190827002556j:plain

 

大地という巨大なキャンパスに描かれた地上絵のうち大きなものは300m近くにも及びます。線だけでも300本も描かれているそうです。硬い大地に線を引くだけでも大変だと思いまが、直線や幾何学模様を描けるということは高度な測量技術を持っていた証拠ですよね。それにしても、誰が何の目的でどのように描いたのかは未だに謎のまま。宗教儀礼説やマリアの推した天文学説、さらにわたしの推す宇宙人説と色々な仮説がありますが、わかっていることは、パンパを覆う黒い石や砂をどけて白っぽい地面を露出させることで図柄や線が描かれているということです。f:id:greenbirdchuro:20190827002600j:plain

 

宇宙人(32m)はすぐに見つけることができました。ガイド本によっては、「宇宙飛行士」とか「ふくろう人間」と書いてあります。ふくろう人間ってなんだよって感じです。幾何学模様でもないし、子供のお絵かきみたいなタッチですね。f:id:greenbirdchuro:20190827002603j:plain

 

サル(110m)の長い尻尾がクルクルと巻かれた姿には愛嬌があります。子供のお絵かきレベルを一気に超えてきました。f:id:greenbirdchuro:20190827002607j:plain

 

イヌという説明でしたがキツネというのが有力だそうです。もしかしたらオオカミかもしれませんけど。f:id:greenbirdchuro:20190827003423j:plain


この大きな鳥はハチドリ(96m)を描いたものです。アメリカ南西部からアルゼンチン北部にかけて生息する日本人には耳慣れない鳥です。地上絵でこんなに大きく描かれているのに、実物はスズメよりもずっと小さな鳥です。小さなものになると蛾と間違われるくらいのサイズなんだとか。こんなに大きく描かれているからには、ハチドリが何か特別な存在の鳥だったからかもしれません。f:id:greenbirdchuro:20190827002611j:plain

 

この写真はマチュ・ピチュ遺跡の中で撮った実際のハチドリです。ハチドリの何がそんなに特別だと思われたのかはわかりませんが、調べたところによると、ハチドリは世界最小鳥類でありながら過酷な環境に適応できる強靭な身体を持っているんだとか。f:id:greenbirdchuro:20190828155757j:plain

 

クモ(46m)はかなり複雑な構図をしています。大昔に描かれた地上絵が現在までこんなにハッキリと残っているのは、マリア達の保全活動が奏功したのはもちろんのこと年間を通してほとんど雨の降らないナスカ平原の気候の影響が大きいでしょう。f:id:greenbirdchuro:20190827002613j:plain

 

コンドル(136m)はガイド本には海鳥と書いてあります。「コンドルは飛んでいく」という民謡もありますし、アンデス山脈の鳥と言えばコンドルのイメージが強いですが、海岸近くに位置するナスカなら海鳥もありえるかもしれません。f:id:greenbirdchuro:20190827002618j:plain

 

セスナのパイロットは日本語でグルグルと言ってましたが、要するに何かわからないんだと思います。地上絵の幾何学模様はナスカで発見された大昔の土器の紋様にそっくりなんだそうです。となると、儀式的な要素が強くなってしまうので、わたしの宇宙人説からは遠ざかってしまいます・・・。f:id:greenbirdchuro:20190827002620j:plain

 

サギ(280m)は最も大きな地上絵の1つです。f:id:greenbirdchuro:20190827002625j:plain

 

トンボ(200m)と言われればトンボ?複数の地上絵を見て感じたのは、少なくても同じ人物によって描かれたものではなさそうだということです。というのも、明らかに絵心に差があるからです。もしかしたら、描いているうちに上達していったのかもしれませんが、それにしても子供のお絵かきレベルの緩いものから建築士の設計図レベルの精密さをもつものまで様々です。見れば見るほど、知れば知るほど謎が深まります。f:id:greenbirdchuro:20190827002631j:plain

 

地上絵があるエリアのど真ん中をパンアメリカン・ハイウェイが貫いています。ところどころで地上絵を分断していました。このハイウェイを造った時は地上絵のことを知らなかったのかな・・・と思ったのですが、そうでもないようです。
f:id:greenbirdchuro:20190826235712j:image

 

展望台からは断片しか見えていなかったの全景です。片方の手には指が4本しかないことに気が付きますが、この4本指の手は神の手だとされています。というのも、ナスカでは、神様が人の姿を借りて現れる時には必ず何かしらの障害をもって現れるという言い伝えがあるから。障害児が生まれると「神様の化身」としてお祝いする地域もあるんだそうです。地上絵の解明と保護に生涯を捧げることを決めた頃の若きマリアは、壊疽のために指を1本失っています。ひょとしたら、そのことも彼女が地上絵に縁を感じて情熱を注ぐきっかけになったのかもしれません。 f:id:greenbirdchuro:20190827002634j:plain

 

(70m)を海草と記載している本もありました。幹に芯が描かれていることや根を張っている様子から「木」に1票を投じたいと思います。f:id:greenbirdchuro:20190827002640j:plain


パイロットは左右の窓の両側から地上絵が見えるように均等に旋回してくれるので、窓側なら座席に当たり外れはありません。日本人の観光客がいると日本語の解説もしてくれます。「グルグル」とか「うちゅうじん」とかの拙い単語ですが、地上絵探しに熱中していたらそれくらいの情報量が丁度良い感じでした。何よりもオモテナシの姿勢には感謝です。セスナでの遊覧はもやがかかることの少ない午前中がお勧めです。

駆け足のペルー旅行はこれで終了です。ここには書ききれないトラブルがたくさんありましたが、そのおかげで南米旅行に向けてスペイン語を勉強するきっかけになったのでかえって良かったかもしれません。

 

世界遺産 ナスカの地上絵 完全ガイド (GEM STONE 45)

世界遺産 ナスカの地上絵 完全ガイド (GEM STONE 45)

 
だれがかいたナスカの地上絵 (まんが新・世界ふしぎ物語 2)

だれがかいたナスカの地上絵 (まんが新・世界ふしぎ物語 2)

 

 

<