国立人類学博物館 前編
この日の最後に訪れたのはチャプルテペックの森にある国立人類学博物館です。メキシコ各地の遺跡から集められた出土品やレリーフなどの貴重な文化財が13万点以上あり、そのうち6000点が展示されている世界有数の博物館です。つまり、ほとんどがお蔵入りなので展示されてる=すごく価値があるってことです。
展示室の建物が中庭をコの字型に囲んでいて、その中央にはレリーフが施された金属製の巨大な柱状噴水がありました。かなりの水量で涼しげな空間を作り出していました。
1日中かかっても全て回るのは難しそうなのにわたしに与えられた時間は2時間。思い切って、午前中に訪れたメヒカ(アステカ)とテオティワカン、そして観光予定のチチェン・イツァの含まれるマヤの3つに絞ることにしました。
つい数時間前に月と太陽のピラミッドに登ったばかりなのでテオティワカン室からスタートしました。テオティワカン遺跡はメキシコ屈指の巨大遺跡なので展示されている文化財の数もかなりのものです。
骸骨にしか見えない太陽神トナティウが舌を突き出しているのが太陽のピラミッド前の広場から発見された太陽の円盤です。この憎たらしく見える突き出た舌が太陽光線を表しているんだとか。太陽のピラミッドは後世のアステカ人がつけたニックネームみたいなものですが、実際に太陽の動きを計算し尽して築かれているし、この太陽の円盤が発見されているってことは、いよいよ太陽神信仰との関係が否定しにくくなってきます。
原寸大に復元されたケツァルコアトル神殿(羽毛のあるヘビの神殿)です。テオティワカンでピラミッドに次いで3番目に大きな建造物なのでレプリカとわかっていても圧巻です。タルー・タブレロ様式の基壇に「羽毛のあるヘビ」の彫刻が刻まれています。色まで復元されていて、遺跡にある現物よりもかつての現物に近いのではないでしょうか。
3.19mの巨大像は月のピラミッドの前から発掘されたチャルチウトリクエの女神です。この舌を噛みそうな名前は翡翠のスカートの女神という意味ですが、彼女は水の女神で、その兄であり夫でもあるのが丸眼鏡でお馴染みの雨神トラロックです。
テオティワカンの祭事に他の都市国家が参加した形跡があるので、当時のメソアメリカで大きな政治的影響力を持っていたことは明白でしたが、近年では遺跡で発見された多くの生贄がメソアメリカ各地の出身であることがわかってきました。生贄が揃ってみんな同じ姿勢なのは拘束されていたんでしょうか。
さらにテオティワカンと違って文字記録が残されているマヤで石碑から、テオティワカンが遠く離れたマヤの世界に軍事的影響を及ぼしていたという説が出てきました。その一つティカルの石碑の正面にはマヤ風の正装の王、両脇にはテオティワカン様式の装いの戦士が描かれていいます。単に両者の交流を示すものではなく、テオティワカン様式の装いをした人物が正面に描かれたマヤの王の父だと言うのです。つもり、テオティワカンの王が息子をマヤの大国ティカルの支配者に据えたのだという説が有力になってきているのです。
次はマヤ室です。
マヤ文明は高度な文化を持ってメキシコ南部のユカタンからグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス、エルサルバトルにかけて栄えました。メキシコ国内だけでも、パレンケ、カラクムル、ウシュマル、チチェン・イツァの4か所が世界遺産となっています。数世紀にわたって独自の文化・技術を築き上げ、最盛期には200万人もの人々が暮らしていましたが、およそ1世紀という時間をかけて、衰退・滅亡したものと見られています。原因は特定されていないものの、マヤ文明の都市遺跡に残る凄惨な虐殺や都市同士で激しく争っていた形跡から少なくとも穏やかな終焉ではなかったことが想像出来ます。
チチェン・イツァの神殿内部から発見されたチャック・モール像は穏やかそうな顔をして、面白いポーズをとっていますが、彼のお腹は生贄の心臓を備える容器でした。
パレンケのパカル王の遺体は翡翠の仮面で飾られていました。仮面は、340片の翡翠と4片の貝殻、2片の黒曜石でつくられています。当時のマヤ民族にとって非常に希少であった翡翠は価値の高いものであると同時に、翡翠の放つ緑色が世界の中心を示すというマヤの世界観では権威の象徴でもありました。王は仮面以外にもペンダント・耳栓・指輪・ネックレス・ブレスレッドなど翡翠づくしの副葬品と共に葬られていました。
マヤ室の見どころはそのパレンケのパカル王墓の復元展示です。翡翠の仮面に刻まれた記録によると王は70年近い在位期間のうち8年を自らの豪華な埋葬の準備に費やしたそうです。壮大な終活ですね。末代まで崇められたいと望んだ王はピラミッドや古墳のように大きさで力を誇示するのではなく埋葬場所として神殿の下を選びました。神殿に参拝に来た人が同時に王の墓参りをすることになりますからね。
国立人類博物館はまだまだ続きます。
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