モザイクの街マダバで見た世界最古のマダバ地図
ネボ山の次に向かったのは10kmほど南東に位置するマダバという地方都市です。マダバは、マダバ県の県都で約60,000人の人が暮らすヨルダンで5番目に大きい街、そして「モザイクの町」として知られています。アンマンからそれほど離れていないというのにマダバの市街地に雪はほとんど残っていませんでした。観光スポットだけでなくレストランやショップが街の中心部に集まっているので徒歩で十分に観光できます。何より人が親切!英語が理解できない人もジェスチャーを交えて一生懸命にこちらの質問に答えてくれます。
特筆すべきは、この街がキリスト教徒の街だということです。ヨルダン国民の9割がイスラム教徒ですが、数少ないキリスト教徒がマダバに集中して暮らしています。市民の4割近くがキリスト教徒というのはヨルダンでは驚異的な数字です。確かにマダバの地図を見ると、イスラム国家とは思えないくらいたくさんの教会がありました。そうは言っても半分以上はイスラム教徒なので、ガイド本に何の情報ものっていないようなモスクでも街中では圧倒的に目立っていましたけど。
黄金色のドームがとても豪華で、高いミナレットがひときわ目を引きます。どの地図を見ても「モスク」としか書いてありません。立地条件と存在感を考えると、それなりの名前が付いていても良さそうな立派な建物です。
聖ジョージ教会正面です。マダバにわざわざやって来たのは、この小さな教会に残る世界最古の「エルサレムを含むパレスチナの地図」を見るため。1400年以上も前に描かれたモザイク画の地図だなんて、いくらわたしに世界史の知識がなかったとしても興奮しないわけがありません。
聖ジョージ教会の外観はいたって質素で、この中にすごいモザイク画がありそうには見えない小さな教会でした。昔は、もっと大きな教会だったようですが、8世紀後半の大地震で崩壊して以降、長らく廃墟だったとか。1897年に教会建設のために土地を造成したところ、教会の土台とともに巨大なモザイク画が発見されました。どうやら560年に築かれた古代ビザンチン時代の教会の床だったようです。教会の名前がモザイクで書かれているのもモザイクの街の異名を取るマダバらしいですね。
教会の内部は、外観の質素な雰囲気とは打って変わって実にカラフルでした。この教会ではギリシア正教会としてのミサが現在も執り行われているそうですが、モザイク画を保護するために椅子や机の配置が不自然です。ちなみに、この教会の聖ジョージはドラゴン退治の伝説で有名な聖人ゲオルギウス(ジョージ)のことです。
教会の壁面は、ギリシア正教会特有のイコンで飾られています。それにしても鮮やかなことで・・・。
教会の床にあったのがパレスチナと周辺国がモザイクで描かれた最古の地図です。所々に欠けた部分がありますが 、とても精巧で美術作品としても見応えがあります。ビザンチン時代のものとは思えないほどしっかりと発色していますが、それはモザイクに使われているのが、陶器の彩色タイルではなくて、天然の岩石だからだそうです。天然石ならタイルと違って色彩の派手さには欠けるかもしれませんが、丈夫で色褪せることもありません。一般的な地図のように北が上側になっていないので、最初は地図と言われてもピンときません。でも、実際の東西南北に合わせて見てみると、デフォルメはありつつも、ほとんどの主要都市と地形が驚くべき正確さで表現されていることがわかります。どうやら、当時の測量技術はわたしの想像をはるかに超えていたようです。
このモザイク画の素晴らしいところは正確な地図であるというだけではありません。イスラム時代以前のエルサレムを知る貴重な資料になっています。画面中央に描かれた楕円形の都市がかつてアエリア・カピトリーナと呼ばれていたエルサレムです。エルサレムのすぐ右側にイエス・キリスト生誕地とされるベツレヘムが画かれています。アエリア・カピトリーナという地名は、この街をローマ風に作り替えたローマ皇帝ハドリアヌスの姓アエリアとローマにある丘の名前カピトリーナに由来しています。確かに、城壁に囲まれた市街地の中央を突っ切る目抜き通りの両側に列柱が並んでいるという街の造りはいかにもローマ風です。エルサレムを地図の中ほどに据えられたことからも、当時から人々にとってエルサレムの存在が大きかったことがうかがえます。
右上に描かれた死海には大きな船が浮かんでいます。死海の左側からはヨルダン川が流れていて、魚が塩分濃度の高い死海から逃げ出しているように見えます。川の上には逃げるガゼルとそれを追いかけるライオンが描かれています。川下方のナツメヤシの描かれたあたりがエリコの街です。
もともとのモザイク画は15.7 x 5.6 m という巨大なものだったそうですが、何しろ1400年以上も前のものなので、欠損している部分もかなりあり、現存しているのはその一部の 15 x 3 mです。残っている部分だけでも十分すぎるほど大きいので、全体像を把握するのは結構大変。理解の助けとなるのが、教会に展示されたレプリカの解説図でした。
モザイクの街だけあって、教会の中には他にもモザイク画の作品がたくさんありました。このモザイク画に描かれているのはイスラム教徒を罰する様子です。今やヨルダンは押しも押されぬイスラム教国家なので、なんだか皮肉なものですね。
これは、旧約聖書の創世記でエデンの園の中央に植えられたとされている生命の樹です。左側には2頭の鹿、右側にはライオンに食べられる鹿が描かれています。
わたしが観光したのは聖ジョージ教会だけでしたが、マダバには広大な考古学公園と考古学博物館があり、ビザンチン教会の遺構が他にも多数収蔵されていました。さらには、中東でも珍しい教育機関「マダバモザイク学校」があり、職工にモザイクの制作・修復・復元の技法を指導していました。この学校が観光省の後援で運営されていることからも、ヨルダンが国を挙げてモザイク文化の保護に取り組んでいることがうかがえました。
E04 地球の歩き方 ペトラ遺跡とヨルダン レバノン 2019~2020
- 作者: 地球の歩き方編集室
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド・ビッグ社
- 発売日: 2019/02/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る