時たま、旅人

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アントワープ大聖堂でネロが最期に見たルーベンス

 

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フランダースの犬はアントワープ郊外のホーボーケンという架空の村が舞台になっています。そして、ネロとパトラッシュが天に召されたクライマックスシーンの舞台はアントワープ大聖堂。その聖堂内にはそこらの美術館も敵わない傑作の数々が収められていることでも知られています。ルーベンスに限ってもネロの憧れた「キリスト昇架」「キリスト降架」だけではありません。いよいよアニメの聖地にして芸術の殿堂アントワープ大聖堂へ入ってみます。

 

この旅行記を読んでくださってる方はお気づきかと思いますが、わたしは芸術への造詣がゼロに近い不粋なタイプですので、深く理解する事はまずもって苦手で、基本は好きか嫌いかの直感で鑑賞しています。わたしなりに見たまま感じたままを書いてみようと思っていますが、そこに異議があってもサラッとスルーして頂ければありがたいです。

 

大聖堂の中に入るとまず、高い天井と長い身廊の迫力に圧倒されます。ゴシック様式の身廊の白壁がただでさえ広い大聖堂をより広く長くと見せていて、アニメの話とは言え、弱り切った瀕死のネロがこの広い大聖堂の中でよくお目当ての絵画に辿り着けたな・・・と想像するだけで泣けてきます。f:id:greenbirdchuro:20190609112441j:plain

 

身廊を中ほどまで進むと天井から大きな十字架が下がり、その奥に中央祭壇が見えてきました。十字架の奥には王の画家にして画家の王と言われたルーベンスの最高傑作の一つ「聖母被昇天」が掲げてあります。f:id:greenbirdchuro:20190609115531j:plain

 

「聖母被昇天」には地上の人々に見送られながら天使に支えられて神とイエスが待つ天に向かって昇っていく聖母マリアが描かれています。聖堂内の他のルーベンスの絵画と比べると穏やかなタッチと色使いに見えます。希望に満ちたテーマのはずなのに、この4.9×3.2mの大きな絵からは言い知れない悲しみも伝わってきます。f:id:greenbirdchuro:20190609111540j:plainルーベンスがこの絵を描いていた当時のアントワープではペストが流行していました。この絵の制作のために避難先から戻ってきたルーベンスは、友人達や妻までもペストで亡くしてしまいます。この絵の中央で正面を向いてうつむく赤い服の女性は彼の妻イザベラだとも言われています。当時のルーベンスの深い悲しみがこの絵画に投影されているのかもしれません。

 

祭壇の左側の翼廊入口あたりには「キリスト昇架」がありました。三幅対の中央にはイエスを磷付にした十字架を抱え上げる男性達の筋骨隆々とした肉体が描かれ、この悲劇をより躍動的にリアルに見せています。イエスの周囲の登場人物の表情や姿には悲しみや驚きの入り混じった激しい感情が渦巻いていて、その視線は一様に十字架の上のイエスに向けられています。f:id:greenbirdchuro:20190609111313j:plain聖書には「イエスが十字架につけられたとき、空が暗くなった」という日食を表していると思われる記述があるそうですが、右のパネルには黒い月がオレンジ色の太陽を覆い隠そうとしている描写も見えました。

 

右側翼廊入口には、「キリスト昇架」に続けて描かれた「キリスト降架」がありました。アントワープの平和のため、見るだけで感動を伝えられる祭壇画を描きたいとルーベンスが注文主を説得してテーマを変えてまで描かれた傑作です。「キリスト昇架」と同じく三幅対になっています。十字架から亡骸を降ろす人々の力強い肉体と血がしたたる青白いイエスの肉体が対照的な緊張感溢れるシーンとして描かれています。白い布に重なるイエスの体が背景から浮き上がってより神秘的に見え、イエスの体を受け止めている福音記者ヨハネの鮮やかな赤い服と対照的です。f:id:greenbirdchuro:20190609111317j:plain左側のパネルには聖母マリアが従姉妹のエリザベツを訪ねる様子が描かれています。この時のマリアはイエスを妊娠中、そしてエリザベツのお腹にも後にイエスに洗礼を授けるヨハネが宿っていました。右側のパネルの司祭は、腕に抱いた生後40日のイエスが救世主であることを悟って天を見上げています。左右に描かれている穏やかで幸せなシーンが嵐の前の静けさを表しているようで、これもまた対照をなしています。この祭壇画はもともとギルドから発注されたものなので左側パネルの裏にはギルドの守護聖人聖クリストフォロス(キリストを背負う者)が描かれていました。

 

「キリスト復活」はルーベンスの知人であるプランタン・モレトゥス家の礼拝堂のために描かれました。自らの予言通り、処刑の3日後に復活を遂げたイエスが天使に見守られながら勝利の旗印とヤシの葉を手にして力強く立っています。自分を包んでいた亜麻布を肩から腰に巻いただけの堂々とした姿のイエスに対し、逃げ出そうとしている番兵達の表情には突然の異変への驚きと強烈な光への恐怖が見て取れます。f:id:greenbirdchuro:20190609111650j:plain左右のパネルにはモレトゥス夫妻それぞれの守護聖人である洗礼者ヨハネ聖マルティナが描かれています。洗礼者ヨハネの聖人らしからぬ筋肉質な体格はルーベンスらしい描写ですね。聞き慣れない名前の聖マルティナはキリスト教嫌いのアレクサンドル皇帝を拒んでアポロン神殿に連行された敬虔なキリスト教徒でした。彼女が祈りを捧げると、大きな地震で神殿の一部とアポロン像が破壊されてしまったそうです。皇帝の更なる怒りを買うことになりましたが、度重なる拷問にも信仰を捨てなかった彼女が崩れたアポロン神殿を背に勝利の証のヤシの葉を手にして凛々しく立つ姿には高潔さが滲み出ているようです。

 

聖堂内では絵画以外にも美術館顔負けの傑作の数々を見ることができました。既にわたしの頭も心もいっぱいいっぱいです。どんな美味しい物でも物足りないくらいがちょうど良いのと同じですね・・・。f:id:greenbirdchuro:20190609112501j:plain

 

翼廊の隣の礼拝堂にあるアントワープの聖母の前には信者が捧げたロウソクが並んでいました。16世紀後半に偶像を禁止するプロテスタントのカルバン派によって、教会や修道院の宗教画や彫刻類が徹底的に破壊されたカトリック受難の時期がありました。この聖母像は1566年の偶像破壊よりも前に大聖堂に設置された歴史のあるものですが、難を逃れて今なおこの場所で人々の心の拠り所となっています。f:id:greenbirdchuro:20190609112509j:plain

 

ちなみにこの聖母マリアと腕に抱かれたイエスはくるみの木で造られていて、定期的に立ち位置変更と衣装替えがあるそうですよ。f:id:greenbirdchuro:20190609112632j:plain


聖堂の窓に嵌め込まれたステンドグラスもとても素敵で、心が洗われます。f:id:greenbirdchuro:20190609113539j:plain全部は無理なので数枚だけご紹介。f:id:greenbirdchuro:20190609113545j:plainf:id:greenbirdchuro:20190609113549j:plainf:id:greenbirdchuro:20190609113552j:plainf:id:greenbirdchuro:20190609113610j:plain

 

フランダースの犬が児童文学として出版されたのは1872年。日本でのアニメ放送から40年以上が経過しているのに、わたし達は再放送や特集でしか見れないフランダースの犬の話が今だに大好きです。ところが、驚くことにご当地の人々にはフランダースの犬の認知度がそれほど高くないのです。日本人にとっては間違いなく「貧しい少年と犬の友情を描いた悲劇の感動物語」です。しかし、ヨーロッパの人にとっては結局のところネロは貧しさに勝てなかった!というハッピーエンドじゃない終わり方が受け入れ難いようです。ネロが不条理な中で死んでいくことに対して不快感を覚える人もいると思います。要するに好みでないということですね。

それに、ここからはわたしなりの想像ですが・・・わたしがご当地出身だったら・・・フランドル地方の人間はそんなに薄情じゃない!と、この話を苦々しく感じると思うんです。保護者を亡くした幼いネロに対してホーボーケンの村人達は大人気ない態度でしたもんね。さらにそれを書いた作家が英国出身というあたりが、他所の土地の人に一方的に悪者にされたようでイラッとするんじゃないでしょうか。アントワープの皆さんが怒っても良いとこだと思いますよ、わたしは。

 

そうは言っても、わたし達のアニメの聖地詣でのおかげか、良くも悪くも現地の人にもかなり認知度が高まっているようです。児童文学と絡めて鑑賞されることはルーベンス初めとする巨匠達にとっては不本意かもしれませんが、わたしとしては、芸術鑑賞とアニメの聖地巡りが同時に出来て大満足な時間でした。

 

ルーベンス画集: (世界の名画シリーズ)

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ペーテル・パウル・ルーベンス―絵画と政治の間で

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フランダースの犬 ファミリーセレクションDVDボックス

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